感想「動物農場」

とある農場の物語。人間の支配下にあった家畜が、ある時反逆し、人間を追い出すことに。動物だけが残った農場は「動物農場」と名付けられ、豚を長として新たなクニが出来上がる。皆で七つの掟を定め、動物は皆、平等で協力しあうすべきと拳をあげた。

しかし次第に、長である豚は、私腹を肥やすためあらゆる悪巧みをする。仲間を売り、人間と取引し、犬を味方につけ、他の動物を使役させ、それにより自らはさらに太っていく。

月日が経ち、人間に飼われていた時のことを知る動物はみな死ぬ。長である豚は七つの掟を我が身の有利になるよう改める。夜な夜なトランプに興じるその豚の姿は、もはや人間と見分けがつかなくなってしまったのだった。

 

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スターリン独裁下のソ連を風刺した小説。共産主義の裏表の現実を皮肉に表現した物語。

感想「アルジャーノンに花束を」

チャーリーゴードンは知的障害のある32歳。パン屋で単純な仕事につき、それなりに生きていた。あるとき大学の研究で知能を上げる手術を受けることに。みるみるうちに知能が向上するが、知能だけが向上するため、社会性などその他の能力との折り合いがつかず、精神を乱す。また知能が上がったが故に、今まで知り得なかった家族との関係や経緯(母に捨てられる)など、知りたくなかったことにも直面し孤独を感じるように。次第に一度向上した知能は衰えていき、最後には最初の知能に戻る。経過報告に遺書を書き、物語が終わる。

 

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主人公は同じ運命を辿ったアルジャーノン(同じ手術を受けたねずみ)に最初から最後まで自分を重ねている。なんてひどい手術、という感想はあまり求めていない作品だろうが、チャーリーのいたたまれなさが強すぎて、とても涙する余裕はなかった。チャーリーの知能の上がり下がりが、経過報告の書きっぷり(誤字脱字や漢字の使用量など)だけで表現され、なんとも怖さを感じた。

感想「欲望のつくり方」

「もし誰かがハンドバッグへの欲望を媒介するモデルの影響を受けたとしたら、その人が求めているのはハンドバッグではない。それ(手に入れること)によってもたらされると考える想像上の新しいあり方である。」

 

人が何かを欲するということは、「人→物」というベクトルではない。「人→モデルとなる人→物」である。モデルとなる人が欲しているもの、称賛しているものを欲する。

 

欲望には濃い欲望、薄い欲望がある。薄い欲望は、前述の通り、誰かを媒介にした欲望だ。モデルとなる人がその物に興味を失えば、自分も興味を失うだろう。濃い欲望はモデルなど存在しない、唯一無二の欲望だ。それは誰かが欲しているから、という概念などなく自分がこうなりたい、こうしたい、ことが重力の中心となる。

 

尚、薄い欲望も、人生のあるフェーズにおいては有用なのかもしれない。何かを切望し、頑張ることができれば、それは人生を別のフィールドに持っていってくれる。

感想「トランスジェンダーになりたい少女たち」

未成年女性のトランスジェンダーアメリカで急増している問題についての話。思春期の少女を取り巻く社会、政治、医療、教育に関する構造的な原因をはらむ。

 

・思春期

まず論理的、倫理的な判断ができない時期。子供は皆、何者にかになりたく、垂らされた糸に思慮なく無邪気に飛びつく時期にいる人間であることが大前提になっている。

 

スマホSNS

LGBTQのyoutubetiktokTumblrなど、探せば枚挙にいとまがない。そして彼ら彼女らは全てどこか生き生きと見え、「いいね」という社会全体からの肯定を受け取っているように見える。少女にとってはどこか憧れになりうる。

 

・教育

学校では、自分の名前とは別に呼んで欲しい名前や人称代名詞を選択できる(そしてそれは両親には非開示にできる)。LGBTQを包摂する考えだろうが、実際の性自認とは別に、気軽に性的違和を語りやすくさせる。

 

・医療

性的違和であることの診断基準は、基本的にはほぼ自己申告。トランスジェンダーであるかどうかの問診に、ネットで探した通りに答えればトランスジェンダーと認定される。そしてその診断結果を肯定するというのが一般的。

 

・医療2

女性のトランスジェンダーは、テストステロンを射つことが多い。声は低くなり、毛も生えてくる。オバマ政権下、LGBTQであることによる差別を許容しない政策が打たれたことにより、LGBTQに対する医療行為は保険適用だ。そして18歳になると親の同意なく医療を受けることができる。もちろん人体への望まない影響が多々ある。

 

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歴史上、長きに渡り冷遇されてきた性的マイノリティが、時代の転換期に相対している特殊な問題だろうか。起きた問題を押し付けて潰した挙句、別の部分が意図せず盛り上がる。

感想「百年の孤独」

マコンド村を築いたブエンディア家の始まりから終わりまでの話。始祖であるホセ・アルカディオ・ブエンディナとウルスラは、近親同士の子には豚の尻尾が生えるという言われを信じ、近親の結婚には断固反対していた。しかし両者が死に、何代もの歴史を経てその言われは途切れ、末裔のアウレリャノとウアマランタ・ウルスラの間には豚の尻尾が生えた子が生まれる。アウレリャノは、メルキアデスの書物により自身の系譜や豚の尻尾の言い伝えを知り、百年続いたマコンド村とブエンディア家の終焉を悟った。

 

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家族・村という共同体の中で、愛憎渦巻き、どこか登場人物はそれぞれの孤独を抱えている。その模様を、常に客観的に冷淡に描き、感情移入を全くさせない表現がまた孤独さを演出している。

 

登場人物の名前の重複が多すぎてややこしく(子供に親と同じ名前をつける)、文章も非常に読みづらかった。一文が長く、主語や時系列に迷うこと多数。この独特の文体には最後まで慣れなかった。

感想「ビジョナリーカンパニー」

そらそうだということばかりで、二律背反する葛藤についての生々しい情報が欲しかった。

いや、というより二律背反するしがらみのなかで発揮する経営者のリーダーシップが根底に必要という話なのかもしれない。

 

ポイント

・時を告げるのではなく、時計を作る。不安を生み出す仕組みを作る(現状に満足せず、更なる成長を臨むために不安を生み出す)。

・Andの才能

・社運をかけた目標(BHAG)

・カルトのような文化

・大量のものを試して、うまくいったものを残す

・理念の一貫性

・生え抜きの経営陣